ぼんやりと考えている人

ひろしまなおき (廣島直己)
名前: ひろしまなおき (廣島直己)
住処: シリコンバレー
職業: しがないプログラマ
家族: 愛妻一人、息子一人、娘一人
道具: ハーレー二台、ギター三本
電紙: n at h7a.org

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以前にぼんやりと考えたこと

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18 April '2009 - 21:30 | ひらがな ひらがなせいかつ への いざない

いちぶの ゆうじんたちは よくしっていると おもうけれど、ここのところ、ぼくは かんじを いっさい つかわずに せいかつする という じっけんを してみている。

で、やってみたら、おもっていた よりも やれそうな きが してきて だいぶ じしんが ついたので、とうとう ここに せんげん することに します。

「ひらがなせいかつ」を すいしんする (もしくは うざいことするなあ、しねばいいのに、なんてことを いちいち おもわないと きがすまない ひとたちの きもちを さかなで することなど、そもそも いっさい いに かいさずに、ほろびゆく ちほう げんごである にほんごの、せんねんごを ほんきで うれう、もしくは うれう ふりをする) ぷろぐらむに  さんか しませんか。

かけも よめも しない かんじ なんて、がくしゃに まかせて、こどもたちでも かんたんに よめる ひらがなで、もっと わかりやすく かくように しませんか。

この うんどうに さんかしたい ひとは、どうぞ かってに さんか してください。ばかだと おもうひとは、ばとうするなり むしするなり、おすきに どうぞ。

ちなみに、このうんどうは はじめた とうしょから かなりの かくどを もって、これは つづけたいと おもえて いたのだけれど、すぐに せんげんする ゆうきが もてなかった りゆうは いくつか あって、その ひとつは、いちぶの しようが あまくて、かくしんが もてない ぶぶんが あった、というものが あります。たとえば、かたかなや あらびあすうじや あるふぁべっとの しようは ゆるすのか いなか という ぎろんが (ぼくのなかで) ありました。これは、また あとで かきます。

また、げんじょうでは ひらがな だけの ぶんしょが すくなすぎるため、けんさく えんじんが うまく あつかえないだろう という もんだいも あります。この えんとりが けんさくされて よまれる かくりつは とても ひくいだろうから、けんさく されないところに いけんを かくのは もったいないと おもってる ぼくとしては、とてももったいないな という おもいは ある。

この うんどうの ほんとうの いぎが いつか りかいされて しゃかいが そういうほうこうに いく かくりつは、かがくよりも じょうちょを ゆうせんするという にほんらしさから かんがえて、ぜろ もしくは ぜろ くらいかと おもってるので、けんさく えんじんが うまく あつかえるように しんかする ことも ほとんど なさそう。(しかたないので、いわゆる 20% ぷろじぇくとで やろうかな。うそ)

ちなみに、ひらがなしか かかないように していると、にほんごの さいとを けんさく するのは とても むずかしいのだけれど、さいわい にほんの ぐーぐるの さいとに いけば、あるふぁべっとだけ たいぷしていても かんじへの へんかんを してくれるので、ほとんど せいかつに ししょうは ないし、そもそも にほんごの ぶんしょを けんさくする ひつようは あんまり ないので、だいじょうぶ。

あと、ひらがなに すると、ひつぜんてきに わかちがき しないと いけない わけ だけれど、わかちがきに かんしては、日本語を わかちがきする会 というのが あるみたいなので、そこの ほうしきに したがっていけば いいかな。まあ、たんごたんい ではなく、ぶんせつたんいの ほうが よみやすいね。えいごでも、あさごはんを break fast と わかちがきは しないし、after noon とも かかないし、むりに ChaSen/MeCab ごかんに する ひつようは ぜんぜん ないだろうと おもう。

ほかにも (いまは) かけない りゆうが あるけれど、それはそれ。わ

ちなみに、よみにくく なるだけ なのに、なぜ こんな わけのわからないことを するのかというのは、ながくなるので、また かきます。わ。

あ、ぶんまつの わ というのは w つまり (笑) という いみですので おぼえておいて ください。あと、これは どらふとだけど ゎ は (苦笑) という いみ です。ゎ

ひらがなせいかつってなにがいいんだろう
ひろしまさんという方が、漢字をつかわない生活を提唱しています。 ひらがなせいかつ...
Sent on 30 April '2009 - 20:43 , via 買い物ログ

Roomazi-de Nihongo-o kaku
■「たとえば ひらがなだけで にほんごわ かけないか?」「ひらがなで にほんごが かきとれるなら、カタカナデ ダッテ カケル ワケダ」 no zokuhen....
Sent on 08 May '2009 - 13:54 , via タカマサのきまぐれ時評2

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じぶんでも ひらがなだけで ぶんしょうを かいてみたら なんで こんなことやってるのか わかるかもって おもって やってみたけど やっぱり ぜんぜん わからない。「やっぱり」って ことは さいしょから わかるかもなんて おもっても なかったんだね。わ。もう、いっそのこと えいごで かいてよ って おもったけど えいごだと やっぱ さとるねす ってゆーか そーゆーのまで よみとれないから(よみとる ちからがないから) じぶんの りかいに ふかみがもてない。
たとえば ひらがな だけで かいてみたとき、なにが もんだいに なる のだろうか、と かんがえてみてよ。
もちろん、かりに なにも もんだいが ないとしても、なぜ こんなことを するか というのは また べつの はなしだけれどね。
まるでこーどをよんでいるようです。はい。
さすがに ぼくでさえ、これと かんじばん とを くらべたら、ひゃくばいは よめる そくどが ちがうと おもう。
でも、まあ、なれれば えいご よりかは かんたんに よめるように なります。わ
えらいおもろそうですので、いっちょかまさせてください。
わたしは、あのじけんがはっかくするまでは、かんけんをうけようとしんけんにべんきょうしていたこうべざいじゅうのいちしゅふです。
・・・そおか。すぺーすをいれないと いじょうによみづらいんだな。ゎ。
あの じけんが あっても なくても、かんけんは そもそも ひゃくがい あって いちりか にり だと おもってます。わ。
ひまつぶし には いいのかも しれないけれどね。

で、たんご ごと もしくは ぶんせつ ごとに すぺーすを いれることを わかちがき と いうのですが、おうべい では、なんびゃくねんも まえに どうにゅう されている ので、げんごてきに あたりまえの ことの ように ごかい されて いるけれど、じつは そうでは なく、そうした ほうが べんりだから そうすることに した、という たぐいの ものです。
にほんごでは かんじを うまく りよう することで わかちがき しなくても いいように してきた わけ ですが、かんじを つかわない ように するため には、ひっすの ひょうきほう でしょう。

ちなみに、かんこくの わかちがき は まだまだ ゆれが あるよう ですから、すぐには おうべい れべるには ならない ものなのだと おもいますが、まったく もんだいなく かれらの しゃかいは なりたって います から、じかんが かいけつする のだろう と おもっています。
そうです!←きごうは つかってもいいのでしたっけ??←←
こめんとを とうこうしたあと「日本語をわかちがきする会」へ りんくしてみました。・・・・なれないので うまく「わかって」いるか「わかんない」です。ゎ。
かんけんは ひまつぶしというのか、じぶんよりも ぜーんぜんのうみそがあめりかんだとおもっていた「わいこ」さんが かんけんのにきゅうをもっていることがはんめいしたので ちょっとうざかっただけなのでした。
おいおいうまくわかちがきできるよう がんばります。わ。

 
ちょっと かんけいないかもしれませんが こんなのをおもいだしました。

こちにんは みさなん おんげき ですか?  わしたは げんき です。 この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか にんんげは たごんを にしんき する ときに その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。 どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
いえいえ、ぜんぜん かんけい なく ありませんよ。
かんじを つかわない こと への おおきな ていこうかん の ひとつは、まず よみにくさ が ありますが、よむのは なれれば なんら ししょう ない、というのが ぼくの かせつで、じっさいに ぼくは もんだいを まったく かんじなく なりつつ ありますが、それは ごろうさんが かいた けんきゅうと かんけいが あると おもって います。

ぼくも、まだまだ、かんじの ほうが はやく よめる けれど、あらびあご とかを よんでる ひとたちも たくさん いることを かんがえると、じつは なんだって よめるに ちがいない、と おもってます。もちろん、にほんじん と あらぶじん を ひかくして、われわれの ほうが だいぶ はやく よんでいる、という じじつが みつかって いるのなら べつですが。
いんどの みーまんさーがくはには ごうりてきな ほうがくてきしいの ほうがは かなりあったし、またいすらーむでも こだいの ほうがくてきしいの けいしょうと はってんがみられたが、しんがくてきなしいけいしきによる ごうりてきな ほうしそうの あっさつを そしするほどのちからはなかった。

あなたの文章は非常に簡潔に平易に書かれておりますので、ひらがなで読むことはさほど難しくありませんね。しかし、上記の脇圭平がヴェーバーを訳した文章などは非常に労力を使います。また、私たちがひらがなを読む際には頭の中で「音声」として認識しているような気がしますが、これは私たちが既にこれらの単語を「体験」したことがあるからこそ、すらすらと読むことができるのではないでしょうか。つまり、子供のほうが読みづらいのでは?漢字はその一文字一文字に「意味」を内包しています。つまり意味をその言葉から予想することができるのです。例えば ひらがな という文字だけでは、 平仮名 から読み取れる歴史的ニュアンス(平らかな、仮の 名(文字)であること)を読み取ることはできません。

しかし、漢字の使用に関しては情報技術におけるデメリットや、難解な書籍を読む際のハードルになっているという事実は否めません。
ひらがな推進運動に関して、あくまで少数派である限り何らかの可能性をそこに感じますので、今のところ賛同したいと思います。

それではひらがなをよごしてもうしわけありませんでした。しつれいいたします。
しゅんぺー さん、さんどう、ありがとう ございます。
コメント を かいて いたら ちょっと ながく なりすぎた ので、べつエントリ に かきなおす ことに します。ゎ
ここは がいこく の ひとたち には とっても やさしい さいと ですね
じょし(助詞)の 「へ」や「は」を、「え」や「わ」と したり、「とういつ(統一)」を 「とーいつ」 または 「とおいつ」と するのは どうでしょう。
なれる までは これも また、よみずらい かもしれませんが このほうが はつおん どおりで きそくが たんじゅんか されて よいのでは ないでしょうか。
ぼくは きゅうかなづかいが けっこう すきなので、たとえば、ヰンドウズ なんて かいたりしても いいと おもっていますが、じょしの 「へ」や「は」は はいししたほうが わかりやすくて いいというのは どういします。また、ちょうおん を 「ー」で かくのは ぎじゅつてきな りゆうで、あまり さんどう したくありませんが、「お」で かくのは さんどう できるかも しれません。「ー」が いやな りゆうは、たとえば ローマじひょうき したばあい、touitsu tooitsu to-itsu では、touitsu もしくは tooitsu が いいだろうと おもっているからです。
じつは小学一年生、二年生でならう漢字、80文字 + 160文字あるんです。これだけでけっこう、新聞くらい読めるようになるんです。240文字くらい漢字がわかればいいといういみでは、そんなたいしたハードルではないんですよ。だからどうしたということではないですけど。まあ、ガンバ!
にほんじんの たいはんが、げんじょうで とくに こまって いないわけですから、げんじょうは たいした ハードルでは ないんです。
でも、ハードルは ハードルですし、それを こえられない ひとたちも いるし、とくに いらない ハードルだと おもうわけです。
おもしろいかんがえ ですね。
ひらがなせいかつだと、おんせいにゅうりょくと あいしょう いいのでは?
ひらがなと おと とは いったいいちに たいおう できますから、おんせいにゅうりょくには ゆうりだと おもいます。
ただし、クリアしないと いけない ポイントが ふたつあって、ひとつは わかちがきで、もうひとつは どうおんいぎご です。
げんじょうでは わかちがきの ほうほうに とういつされた ルールが ありませんから、じしょを つくれません。たんごたんいで くぎるのは かいていても ふしぜんだと おもうので、じょしを つけて たんごの カクが へんかする という ぶんぽうが いいと おもっています。ロシアご みたいな かんじで。
どうおんいぎごは、そもそも カンジを つかうから こんなに ふえている わけですし、カンジを つかうのを やめて、カンジで ないと わかりにくい たんごは、へらしていく どりょくが ひつよう だと おもっています。
もと べいにち たいしの Edwin O. Reischauer さんと いちど にた はなしを した ごとがあります。かれは WWIIの とき にほんの ぐんたいの つうしんを ぶんせきする ちーむに いました。せんそうの つうしんは すべて かたかな でした。せんそうを かたかな だけ で おこなう ことが でくるの であれば ほんとうに ふつうの つうしんに ほんとうに ひつようなのかと かれは きいていた。 もちろん あめりかじんとして かれは たちばてきに まじめに こんな はなしは できなかったけど、 かなり にたことを かんがえていました。

それと、 ほとんど かんじが よめない ぼくとしては とても うれしいいです。 ;-)
こんにちは。すうぇーでんに すんでいます。いとうさんの うぇぶさいとを けいゆして こちらにきました。

いぜん、わたしも ひらがなかきを ためしてみたことが あります。もう5ねんいじょう まえのことですが、むすこの ぶろぐ(しゃしんにっき)をてつだう、ということで ひらがなしか かけない かれのぶんしょうを いっしょにかいて みました。(2ねんちかくつづけたのですが、そのぶろぐは サービスが なくなってしまいました。)やってみると、けっこう たのしいし、わかちがきが ひつような だけでなく、ことばのつかいかたにも ちゅういすることが たいせつだということが わかりました。かんじの ひょうきを れんそうさせるもの、かんじを おもいうかべることを しいるような ひょうげんを なるべくさける、ということです。ちなみに、わたしのむすこは、えいごと すうぇーでんご での せいかつなので、かんじは かなりにがてです。にほんごは きちんと はなせるし、ろんりてきに かんがえることもできますが、にほんごのほんを よむのは かんじが ねっくになって、さけています。わたしも むりじいすることは していません。ふしぎなことに、というか、ふしぎではないのかもしれませんが、かれは みみできいたように かんがえているようで、つまり、あたまのなかは ぜんぶ ひらがな なのです。にほんのがっこうにいたら、かんじがかけない、ということで らくだいなのでしょう。でも、ぜんぶひらがなで よいので あいてがよくわかるように せつめいしよう、だいじなことが めいかいに つたえることが できるようになろう、とかれにはいって、そのてただすけを するようにしています。

そんなこともあって、ひろしまさんの ひらがなせいかつへの いざないをよんで、ひらがなの うまいつかいかたを もっとかんがえてみたい、とおもいました。
にほんご というげんごと、ひょうきは おなじものではありませんね。でも、1000ねんまえから、かんじを どうにゅうし、それによって いわば にじゅうげんご になった にほんご ひょうきの ながいれきしの おかげで(せいで)かんじのない ぶんしょうというものを かんがえにくく なっているとおもいます。いっしゅん、だれでも ひらがなだけだと よみにくそう、とおもいますよね。それも あるていどは なれのもんだい なのかもしれません。それから、ひごろ つかっていることばに かんじがおおいと、それをそのまま ひらがなにすれば よみにくい にきまっている。ことばを よりよいことばに おきかえることが いるのでしょう。とはいっても、ごいが かぎられている。。ただ、そのいっぽうでは、かんじが たくさん でてくる わけのわからない ぶんしょうというのも よのなか たくさんあるわけで、それも じかんをかけて、やっていけば あるいは よいほうほうが あるのかもしれない。カタカナことばもおおいわけですし。

ここまでかいて、うめさおただお さんの にほんごのしょうらい というほんを よんだことを おもいだしました。ろーまじ ひょうきにかえよ、それこそが 21せいきの こくさいしゃかいのなかで にほんごが いきていく もっともさいてきの せんたくし である、というしゅしだった とおもいます。ただでさえ、ろーまじ にゅうりょくして、それを へんかんしてやっているのが にほんごひょうきの げんじつですね。いしかわ きゅうきょう さんは、にほんごは ほんらい、たてに かくものだったと おっしゃっていますが、きーぼーどを たたくことが げんだいのかく こういであるとすると、かみにかく にほんご(かんじとにほんご)は、ぶんかとして いきつづけてほしい いっぽう、にほんごが すえながく いきていくための、せんりゃくてき ほうほうというもの あらたに つくってみたい、という きがします。にほんとは にほんごのこと、だといえるためには、ローカルであろうと なんであろうと いきつづけていかなくては いけない。そして、にほんごを ぼこくごとする ひとたちが、せかいのなかで、じょうずに ともだちをつくっていかなければならない。そう、おもいます。

はなしたら かいてくれる けーたいも もうすぐ でてきますが、それがさらに しんかしていくと、けーたいは ろぼっと、というかロビタ(てづかおさむの まんがにでてくる)のように なって、おともだちのように なるとおもいます。たぶん、ひらがなで はなしかけるんでしょうね、おたがい。あたまのなかが えいごと ひらがなの むすこには、そういう ロボットの かいしゃをつくろう、といっていますが、そのときまでに、もっとよい にほんごのあらわしかたが できているとよいなぁ。なんか できませんかね。

p.s. わかちがきの しかたは てきとう です。もうすこし こまぎれのほうが よいですかね。
やはり、がいこくに くらしていたり、がいこくとの かかわりが おおい ひとは、ぼくが こう おもう ように なった きっかけや たいけんを きょうゆう している ことが おおい のでしょうね。
しゅしを ぎんみ する まえに きょひはんのうが でる ひとが あっとうてきに おおいのは、どの じだいでも どの ぶんやでも おなじ ことだとは おもいますが、りようを オープンに することで ふへんてき りようを うながし しみんけんを かくとくする、という さっこんの オープンか の ながれの せいこう じれいを かんがえると、にほんごの オープンか というのは とても ゆうこう だと おもうし、にほんごの オープンか とは すなわち わかちがき や ひらがなか だと おもうのです。
このさいとは みているだけで なんとなく ほんわかしたきぶんに なれますね。

よそのくにから きたひとや こどものために ひらがなだけの ぶんしょうが もっとおおくても いいとおもいますし、ひらがなだけの ぶんしょうは それだけで てきいはないよ というめっせーじを おくっているので、かんじまじりの ぶんしょうと つかいわければ きもちを あらわせると おもいます。

かんじまじりの ぶんしょうに なれた ひとは きっと ひらがなのぶんしょうで けんか することは できないでしょう。
ぼくは ものかき だが, かんじが きらいなので,げんこうを かくとき,できるだけ かんじを つかわない ように しています。なので ここに コメントを かいていると,なんだか じゆうに なれた みたいで, きもちが いい。ひらがなだけで かくと,おなじ おとの ことばは しぜんに さける ように なるから,なれれば けっこう いけるのでは ないかと おもいます。かなだけの ぶんは とても きれいだと おもう。かんじと かなが まじった ぶんは,とても みっともないと おもう。せかいで そんな へんな ことを やっている くには,にほん いがいには ひとつも ない。かながきが もっと ひろがれば,ちゅうごくの てした みたいな たちばから ぬけだせる だろう。
きゅうに ぜんぶの ことばを ひらがなだけに するのは, むずかしいが,まず なくすべきは 「熟字訓」だと おもう。「流石」で「さすが」,「百日紅」で「さるすべり」とよめとか ふざけてんのか。ことばで あそびたいやつは かってに やればいいが,そんなもん しけんとかに だすな。ほかにも「ためらう」を「躊躇う」とかくやつ,「明後日」で「あさって」とよめというやつ,つきあいたくない。「刺青」で「いれずみ」だと?「従姉妹」で「いとこ」とよめ?「蔓延る」で「はびこる」? 「強請る」は「せびる」「ゆする」「たかる」のどれで よんでも いいですと?それ がいじんの まえで いえるか? 「にほんごは きちがいのことばだ」って おもわれること まちがいなしだな。 叶夢(かなと)海月彰(かるあ)海聖亮(かしす)なんていうDQNねーむ ひはんしてるやつ いるけど,にほんごが こういう 「熟字訓」=DQNよみを やっているいじょう,DQNよみを わらう しかくなど だれにも ない。わたしは いっさい 熟字訓を つかわず いきている。 たんぽぽを 「蒲公英」, イチジクを 「無花果」と かいて えらいと おもっている ばかが いるかぎり にほんごは DQNことばの ままだろう。 ああ,そんなに ちゅうごくの もじが すきなのか。 そんなに ちゅうごくの ぞっこくで いたいのか? 
じゅくじくんは なくした ほうが いい ですね。ぼくは、かりに かんじを つかいつづけるに しても、くんよみは すべて なくすべき だと おもってます。おくりがな なんて だれの とくにも なってないし。
DQN ネームの けんは ほんとうに そう おもいますね。いまの にほんごは、ことばで あそぶ ことが もくてきの DQN ことば なのだから、とうぜんの げんしょう です。わ

  
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