ぼんやりと考えている人

ひろしまなおき (廣島直己)
名前: ひろしまなおき (廣島直己)
住処: シリコンバレー
職業: しがないプログラマ
家族: 愛妻一人、息子一人、娘一人
道具: ハーレー二台、ギター三本
電紙: n at h7a.org

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07 May '2009 - 20:55 | ひらがな 読みにくいのは誰か

ひらがな だけの ぶんしょうは、よみにくすぎて たまらない。さいきん、よく いわれる。

ひらがなせいかつ を はじめてから だいぶ たっていて かなり めが なれたし、しんりてきな ていこうも まったく なくなった ぼく ですら、よみやすさの ひかくをすれば、あっとうてきに かなかんじまじりぶん (いか、よくつかうのに ながくて よみにくいので、かかまぶん と よぶことにします。わわ) の ほうが よみやすいと かんじるのだから、さいしょから うけいれる きが まったくない ひとたちが、そう いいたくなる きもちは 120% りかいできる。

すこし あたまの おかしい ぼくだけが こういう はためいわくな ことを かってに やるのなら まだしも、なにか しんえんな いとがあるに ちがいないと かんちがいした おひとよしたちが こんなくだらないことを まねしはじめては たまらないと、ないしん やきもきしている ひとも いるかも しれない。

でも、ひらがな だけで わかちがき されている こういう ぶんしょうを よめない ひとと、ふつうの かかまぶんを よめない ひとと では、どうかんがえても こうしゃの ほうが たくさん いると おもうので、ひらがなだけだと よみにくいと いっている ひとの りくつは、いわゆる 「強者の論理」じゃないのだろうか、という ぎねんが ぼくには ぬぐえない。

ぼくは つごうのいい ぎぜんしゃ なので、きづかないうちに おまえは じゃくしゃを むししているのだと、ひと(=じぶん)に いわれたら、ちょっと きずつく。しってて やっていることなら、いくら ひと(=じぶん)に してきされても「ええ そうですが なにか」と ひらきなおれる のだ けれど。

ぼくは これまで、かんじが よめない ばかは なにも よまなければいいと おもってきた。わいせつ という たんごを わざわざ ひらがなで かくなんて、ばかも やすみやすみ いえ、と おもってきた。じぶんが おおくの かんじを すらすら よめる からだろう、もんだいいしきは ほとんど なかったし、なんなら かんじを つかうべき りゆうを たくさん ひねりだして、かんじぼくめつうんどうの ねを たやしておくか、くらいの かんかく だった。

でも、ぼくが かいている ことを、こどもたちが きょうみぶかそうに ながめつつも ほとんど よめない という げんじつを みて、なんのために よめなくする ひつようが あるのだろうか、と おもうようになった。ひらがなで かけば、すくなくとも よめるし、よもうとするのに。

おとなというのは ほんとうは じぶんかってで とんでもなく ばかだ、ということが ばれてしまっては たいへんだから、あえて よませないために そうしよう、というのならば すじは とおる。でも、そんな いとは ないのだとしたら、ぜんぶ ひらがなで かいてあげて、だれでも よめるように したらいいんじゃないのだろうか。

もちろん ひらがなで かかれていれば こどもでも すべて りかいできる ということには ならない。この ブログに ぼくが かいている ていどの ないよう ですら、ぼくの こどもたちが りかい できるように なるまでには、まだまだ なんねんも かかる。

でも、よめさえすれば よもうと するかも しれないし(じっさい、よもうとして、「ぶんしょう」って、なあに?みたいに たくさん きいてくる)、よめさえすれば、じしょも ひける。

かかまぶんを よむためには、かんわじてん(もしくは けいさんき) が ひつよう だが、かんわじてんを ひくのは、おとなでも かなり めんどうくさいし、そこまで して よまないと いけないと いわれたら、だれも よまない。にほんを けんきゅうしている ひとや、ジャパンで くらしてみようと おもうくらいの すいきょう なら いざしらず。

また、ふつうの かかまぶんは、めが みえない ひとや、おとが きこえない ひとには、とても むずかしい。てんじは きほんてきに かな しか ないし、つかっている かんじを せつめいを しながらじゃないと いみが わからない ような どうおんいぎごが たくさんつかわれている ぶんしょうは、おとだけ きいても りかいするのは とても むずかしい。

ひらがな だけで ぶんしょうを かくためには、つかうことばを えらぶ ひつようが あるけれど、そうすることで、てんじ にしても テキストスピーチ にしても、そういうものの ほじょが ひつような ひとたちにも あつかいやすい ぶんしょうになるし、こどもや ガイジン にも よみやすい ぶんしょうになる。

こじんこじんが そんな ことを するよりも、すべて けいさんきで じどうてきに わかちがきと かなへんかん できるようにしたほうが、すでに そんざいしている ぼうだいな ぶんしょを あつかえる ようになるのだから、どりょくするなら そっちのほうが こうりつが いい、という いけんは わかる。そのどりょくは つづけるべき だと おもうし、NLP (しぜんげんごしょり)の けんきゅうしゃの どりょくは むだだとは おもわない。

でも、いま かんたんに できることを、なにゆえ なんねんも さきに できたらいいな、という ひつようがあるのか わからない。

かかまぶんを すらすら よめない (げんざいは)ごくいちぶの (だけれど、しょうらいは だいぶぶんに なる かのうせいが ある)ひとたちの しんぱい なんて してられない。すなおに そう いいきれる ひとたちには、ぼくが どういう もんだいいしきの もちかたを しているかの せつめいは むずかしいけれど、かかまぶんを つかうべき りゆう として、たんに よみにくいから、というのは まったく せっとくりょくが ない。

おうだんほどうの しんごうが かわったときに おおきな おとで おんがくを ならすのは、しょうじき いって、うるさい だけだから やめてほしい。そういっているのと なにが ちがうのだろうか。

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ひらがなせいかつの ちょくせつの きっかけが おもった とおりだったので、 すこし うれしくなりました。わはは。
ただ、おおい にんずうを あいてに する はなしと 強者の論理は いっしょに つかうのが むずかしいかも しれないなあ とおもいました。 えいごを よめない ひとと、ひらがなを よめない ひとでは こうしゃの ほうが ぜったい おおいです。 でも にほんごを よめない じゃくしゃの ために えいごで かくべきなのかなあ。 でも そうしたら えいごを よめない ひとが じゃくしゃに なるなあ。
えいごが よめる こどもの ためには えいごで かいてあげたほうが いいのかなあ。
「おまえら、なに いってるか わからないから、えいごで かけよ」というのは 強者の論理 だけれど、「より おおくの ひとと いけんを こうかんするために えいごで かいたほうが とくだよね」と かんがえるのは 強者の論理 ではないでしょう。

ちなみに、えいごと にほんごと では、なにもかもが ちがうので、どっちかが ちょっと がまんして あゆみよったら かいけつという はなし ではないよね。なので、このエントリで いってるはなしとは だいぶ こうぞうが ちがうと おもう。
なるほど。こんかいのエントリは 「わざわざ ひらがなで ぶんしょうを かくべき りゆう」として、わたしには はじめて なっとくできる ないようでした。なっとくできる だけに ふきゅう しちゃったら どうしようと しんぱいに なってきます。

ひらがな だけの ぶんしょうで せいかつする ことが ふつうに なると 「かかまぶんを すらすら よめない ひと」が きゅうそくに ぞうか し、そして かかまぶんは かこのものとして いちぶの せんもんの がくしゃだけが よめるものに なってしまうだろうと よそくします。

いぜんの エントリで 「いま つかっている ていど の かんじ の ちしき が インテリゲンチャ には ひつよう だと おもうし」と ひろしまさんは かかれていましたが、もし ひらがな せいかつが ほんとうに ふきゅうしたら、そんなふうに かんじの ちしきが のこるとは わたしには らっかん できません。
こんなの みつけしまた。
http://www.asks.jp/users/hiro/59059.html
ぼくの しりあいも てんじディスプレイを かいはつしていたり するのですが、
たしかに てんじウェブブラウザなんかでも けいたいそかいせきが たいへんで、
やすい てんじディスプレイの ソフトウェアが つくりづらいと いっていたような おぼえがあります。
こぶんを よめるひとは いますし、よむための ちしきも のこっています。ほとんどの ひとは とっくに よめませんが、せんもんかは すらすら よめます。ですから、かかまぶんを すらすら よめるひとが しょうらい だいぶ へったとしても、そのちしきが いっさい のこらない とは おもいません。

にほんでの せいかつは すべて ひらがなだけで ふじゆうないが、だいがくで よむ テキストは、すべて えいご もしくは かかまぶん、という せかいが バランスが とれているのではないかな、と そうぞう しています。
にほんごを むへんかんに すると あら ふしぎ! にゅうりょくが すこし はやく なりますね。 これはべんり。
かかまぶんを つかうか ひらがなを つかうかは、Javaを つかうか Pythonを つかうか くらいの ちがいで、つたえたいないようが だいじなのかなー。 にほんの れきしは ひらがなでも まなべるし、にほんの ぶんかを まなびたければ にほんで たびを すればいいし ひとと ふれあえばいい。にほんのすばらしさを、おさないころから あることないこと てっていてきに たたきこむことだって べつに かんじを つかう ひつようは ない。
それよりも ひらがなぶんが ガイジンどもとの コミュニケーションに ひろまれば、 いろんな こうかが でてきそうだとか かんがえると、 たのしくなって きますね。
ひらがなだけの ぶんしょうを かくことは なれてくると いがいに おもしろくて、かかまぶんとは ちがう かのうせいが いろいろ ありそうだと たのしくなってきました。

でも、ぶんかと もじを きりはなせるという そぼくな、しかし ただしくない かんがえを、ひらがなぶんとの かんけいで のべるひとが でてきているのを よんで、やっぱり ひらがなせいかつ というものは きけんだな とも おもっています。

ところで げんざい こぶんを よめるひとは、インテリゲンチャと みなせる ひとよりも ずっと すくないように おもいます。

ひらがなぶんが ふきゅうすると、かかまぶんも おなじ うんめいを たどる かのうせいが たかいと わたしは おもっています。

ひろしまさんが かかれている 「だいがくで よむ テキストは、すべて えいご もしくは かかまぶん」という せかいは いい バランスの せかいだと わたしも おもいますが、いまでさえ えいごが よめない だいがくせいが たくさん いることを おもうと、そういう せかいは きっと こないだろうと ひかんしています。
ことば と それを かく もじ というものは、それそのものが ぶんか(のいちぶ) ですから、それらを ぶんかと きりはなせる という かんがえかたは、ぶんかの なんたるかを まったく りかいしていない、ということでしょう。
せいかつから かかまぶんを すてることで うしなわれる ぶんか は いろいろと あるでしょう。とうぜんです。それを なげくひとも たくさんいるでしょう。しかし、かわりに えられる ものも いろいろと あります。トレードオフ です。ぼくは すてたほうが みのりが おおい、と いっている わけです。

さて、こぶんは げんだいぶん とは にても につきません けれど、かかまぶん は そこまで ちがいません。ですから、こぶんを すらすら よめるようになるのとは くらべようもない くらいに、かんたんに かかまぶん は しゅうとく できます。
じっさい、すでに われわれは まったく かけもしない かんじを たいりょうに よめます。つまり、げんじてんですら、かける かんじと よめる かんじの ひりつは、そうとうな ものです。ぼく こじんで いえば、じゅうばい くらい さが ありそうです。かけるから よめる わけでは ないのです。
なれてくると ひらがなぶんも なんだか すらすらよめて ふしぎ。
えいごを ずーっと BGMじょうたいで ながしていたら、あるひ とつぜん いみがりかいできる!っちゅうのに にてるかもしれん・・・と おもったり。
わたしは えいごが たんのうではない ので、かかまぶんか ひらがなぶん の にしゃたくいつ なので、せんたくしが すくないです。わ。
「ひらがなぶん が いややったら えいごで かこか?」とかって いいたいですわ。わゎゎゎぁ〜〜〜。
  
なるほど。

トレードオフについては もうちょっと かんがえて みようと おもいますが、
いまにも せっとくされそうです ゎ
トレードオフに かんしては、ぼくも いまも かんがえています。ほんとうに かかまぶんを すてたほうが いいのかどうか。これからも ずっと かんがえていくことに なると おもっています。

さて、じぶんが なれていないから という こじんてきな りゆうから、これらの ひらがなぶんを よみたくない、よまない、というひとは たくさん いるのでしょうが、ぶつりてきに よめる ひとは かくじつに ふえます。まちがいありません。

せんしゅうまつに むすこが かよっている にほんごほしゅうこうで はなしを した、ガイジン おとうさん ふたりは、にほんごは はなせるけれど、よむのは ひらがなと かたかな だけだと いっていました。ぼくの ブログは かんじは つかってないと いったら、うるる (URL) を おしえてくれと いいました。おしえてくれといったのは しゃこうじれい でしょう。でも、ふつうの かかまぶんブログは いっさい よめない だろう かれらが、ぼくの ブログを よめるのは たしかです。

  
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